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【出会うシリーズ】
「郡山へんたい倶楽部」から「東ケト会仙台支部」までの活動の記録。
第1部 「川に出会う 」 |
2006.05.27(sut) |
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その(1) バケモノうなぎ
郡山へんたい倶楽部 編
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「よーし、行ぐべが」
「うし、見に行ぐべ」
夕刻から颱風はいよいよ本領を発揮しはじめた。
夜7時を過ぎて、雨も風も猛烈を極める。
増水を知らせるサイレンが鳴っている。
三人は軽トラックに乗り、広い田んぼ道に繰り出した。
運転手以外は、酔っぱらっており吹きさらしの荷台に乗っている。
荷台に仁王立ちし、必死に掴まっていなければ振り落とされる。
でこぼこの畦道と暴風雨なのである。
真っ暗闇だが、庭のように知り尽くした道筋なので迷わず河原へ向かう。
漆黒の河原へ、ヘッドライトだけを頼りに三人を乗せたボロ軽トラックはおりて行く。荷台のバカどもは久米仙で少々ボルテージがあがっておりホリャ〜と囃したてるが、運転者は慎重に川へ近づいた。
3〜4m下を流れる川面をヘッドライトが、もうそろそろ写し出すはずだった。
次の瞬間、泡盛の酔いが吹き飛ぶ。
軽トラックの直前に『川が居た』のだ。
体幅百数十メートル、茶褐色のうなぎのような水がうねうねと物凄い勢いで迫る。大うなぎのような水はタイヤが接地している地面と同じ高さにあったのだ。それも、もう少しで地面を越え盛り上がって来るような勢いに、肝を潰す。
が、何を思ったか運転担当者はその大うなぎに沿ってギリギリの岸を走りはじめた。
「やめろ〜〜」
「やめろでば、あぶね〜」
ヘッドライトに写し出された水と土地の接点は、見る間にごそっごそっと崩れ落ちて行く。トラックはその瀬戸際を走って行く。
まあ、このままトラックごと流されても、死ぬだけだからいいじゃないか。
内心そう思うくらいの余裕はあったが、相変わらず「やめろ〜」と暴風の中、大声を張り上げながら前進していった。
死ぬのが恐いのか、激流が恐いのかって、どっちにしたって同じだな、などとよく分からないことを考えていると、トラックは止まった。運転担当者が降りてきて、こっちに向かい何か怒鳴った。
荷台に居る二人も降りて、はかなげな地面に立った。
運転担当者は
「大根だ。このままでは仙台湾のゴミになる」と宣う。
「?」
「そーだ、このままじゃあ、大根が可哀想だ」と別なやつが喚く。
喚かなければ隣りの人に聞こえない。
「よーし。では、いずれ10分と経たないうちに流されるはずのこの大根を救助いたそうか」
衆議一決。崩壊際を次々救っていった。
帰路の軽トラックは、安堵の表情をうかべた大根で満たされてた。
若衆宿(=わかしゅうやど。有名なのは江戸期の鹿児島・島津藩内の慣習)のようなうなぎ長屋に戻る。代わるがわる風呂に入り、着替えがおわるころ、母屋に行っていた運転担当者が、重そうな大鍋を抱えてきた。
見事な大根の煮つけ。
厚さ5センチメートルもある大根の煮つけだ。
出汁がきいてほくほくうまい。
その夜は颱風と沖縄民謡と泡盛と大根煮つけとバケモノうなぎになった川の話で、どこまでも盛り上がったのだった。
by ワンコ
:当文章の無断転載や引用を禁止します。
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