東北地酒横丁
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◎特別編/byいえてぃ(01)

2007.03.12(mon)

<初めての青森出張の巻>
    


 東北新幹線は八戸まで直通となり、青森も随分近くなりました。青森まで、新幹線が直通になるのも、もう間近。そうなると、在来特急は廃止になるのでしょうね。
 1989年頃の冬のある日。僕は青森に初出張であった。森岳温泉の親戚に、きりたんぽ鍋を食べに連れて行ってくれた上司は、盛岡に出張。じゃあ、途中まで一緒にとなった。北東北では冬が本格化する12月のことと思う。冬型の気圧配置が強まって、仙台も冬模様。
 確か、仙台駅の新幹線のおみやげ物売り場に、日高見がお目見えしたばかりの頃で、当時の僕の上司O氏は「ちょこっと、このさげかっていぐべ」と760mlの日高見純米を購入。夜も7時近くの電車で、発車が迫っていた。いいすねーっとばかりにおつまみ選びもそこそこに、新幹線に乗り込む。「あれがこれであれだべぇー」という上司の愚痴に適当にうなずきながら飲む紙コップの日高見はうまかった。吟醸香よりも麹の香りと、がっしりしたコクのある旨味、酒飲好みの味で、日本酒が親父共の物だった頃の日高見である。二人で760mlなので、そこそこの量。乾きモノをつまみに、何を話したか覚えていないが、場は盛り上がり、盛岡に付く頃にはそのまま一本空けてしまった。

 盛岡に着くと「おれはいぐがら」とO氏。一応上司なので、車両の出口まで見送る。「じゃあここで」と言って席に戻ろうとすると、「新幹線って、盛岡で止まりでねがったっけ?」と振り返って言う。なんと、そーであった。当時、青森に行くには、盛岡で在来線に乗り換えなければならなかったのだった。切符を見ると乗り換え時間はわずか。新幹線の掃除に入ったおばちゃんは、その会話を聞いて吹き出していた。僕は、あわてふためいて無人の車両で荷物をまとめ、盛岡駅の階段を駆け下り駆け上がり、やっとこさ在来線特急に乗り込んだ。

 遅い時間の電車である。盛岡から先は客数がまばら。沼宮内を過ぎると、車内は僕一人だけになってしまった。外を見ると、盛岡を過ぎた辺りから強く雪が降り始めて、真っ暗な外は、車窓から漏れる明かりで、白一色に光っていた。寒さは増し、漆黒の山間は深々と続く。東北の古称・<六奥・陸奥>(むつ、むつのおく=みちのく)は、本来、南東北は含まず、奥六郡から先の事を言うのではないかと僕は思っている。奥六郡とは、今の衣川から先の岩手県内陸部で、胆沢郡から紫波・稗貫郡、せいぜい盛岡当たりまでのことを指す。実質の陸奥とは、一ノ関から二戸当たりまでと思う。その歴史的認識を前提にすると、気候、風土、言葉が、東北の南三県とはがらりと違う北東北の冬は、野趣に溢れ、厳しく感じた。その後、盛岡に住み、岩手を始め、青森や秋田の人々とつきあうと、その風土と人情の暖かさに魅入られてしまったが・・。

 閑話休題、話を元に戻そう。車両に僕一人だけの特急列車は、いよいよ雪が降りつのる三沢に到着した。古牧温泉で結婚式でもあったのか、礼服姿で、顔を赤くした4人の親父さん達が、どやどやと乗り込んできた。JRは、いつもあほちゃうかと思うのだけど、僕が一人しか乗っていない車両で、この親父さん達と僕の席を並べて指定したようで、僕は、この親父さん集団に取り囲まれるように座ることになった。当然飲み足りないらしく、日本酒を始め、するめや柿の種、冷凍ミカン、ゆで卵なんかをごっそり持ち込んで、宴を始める体制は準備万端である。おじゃま虫と化した僕は、がらがらなので、通路を挟んだ隣に席を移ると、親父さん達は、ありがとうねと言って椅子を対面にし、宴は始まった。少しすると、「あんたはどこへいくんだ」と尋ねるので、青森ですとこたえると、全員うんうん頷いて、「あおもりが」と、しきりに「そうがそうが」というので、みなさん青森の方々ですかと聞くと、「うんにゃ、弘前だ」という。「終点だがら心配ないんだ」と言う。心おきなく車中で飲めると言うことである。少しうち解けてくると、親父さん達は、ワンカップやするめ、冷凍ミカン、ゆで卵なんかをくれて、「くえくえ」と進めてくれた。旅は道連れ。親父さん達のおかげで、青森まであっという間に着いてしまった。

 初めて降り立つ青森駅は、はげしく横殴りの雪が降りつのり、雪掻きの跡が見えるプラットホームですら、20cmほどの積雪であった。すでに午後10時半を過ぎている。おなかがすいていたが、地理不案内の僕は、青森駅前の飲み屋小路にはいる。それでも、初めての地、初めての店は入りにくい。青森港の防波堤側に抜けると、一軒のラーメン屋さんがあった。カウンターだけのこぢんまりした店で、女将さんが一人でやっている。入って、お酒と餃子を頼む。「安東水軍辛口しかないけれど、これでいいべか」という。名作「マルサの女」の宮本信子さん似の女将さんは、しばらく無関心そうだったけれど、他の客が引けると、「仕事?どっからきたの?」と話しかけてくれた。ちょっと美人で、口数は少ないが、実は気さくなこの女将と気があった。僕は暫く話をしたが、夜も遅くなってきたし、チェックインもまだだったので、最後にラーメンを食べて、僕は重い腰を上げた。外に出ると、依然として雪ははげしく降っている。

 防波堤沿いの道路をふらふらと歩く。雪と寒さが目と頬に突き刺さる。雪は痛いのだ。青森港の海が見えるところまでたどり着く。青森の町並のわずかな光で照らされた漆黒の海面に、濃い密度の雪が降りしきる。雪の降る音で、波の音が聞こえない。否応なく自然の強さを思い知らされる。怖い反面、美しく幻想的ですらある。その時頭をよぎった曲は、「津軽海峡冬景色」であった。あの曲を作った人は、この景色を僕と同じように眺めていたのではないだろうか。名曲である。

 アイヌ民族と同系の青森先住民津軽族も、八甲田から吹き下ろす雪を畏怖しながらも、愛していたはずだ。アイヌ語の地名は、畏怖すべき自然をその地名に冠したものが多いらしい。岩木山や地名の岩城などの<いわ>は、<「イワ」の古代における意味は、=「カムィ・イワク・イ」→「カムィ・イワキ」で、「神・住みたまう・所(山)」(菅原 進著 「随想 アイヌ語地名考」えみし文化研究センター)>とのことらしい。東北の自然は、恐ろしくも人間を養う母なるもの、父なるものというカムイ=神様が宿る、そんなふうに再認識させてくれた青森の初出張であった。

                          By いえてぃ


 
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【出会うシリーズ

第1部 郡山へんたい倶楽部 編
「川に出会う」
●その(1)バケモノうなぎ
●その(2)広瀬川逆上のはじまり
●その(3)川に?のまれる
第2部 「猿に出会う」
●その(1) 視 線
●その(2)おっとり刀
●その(3)包囲網

第3部 「月に出会う」
●その(1)ピストンぶち抜き
●その(2)天国の金管楽
●その(3)広瀬川徒歩の逆上

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