はじめに

 自薦他薦の「酒のみ」「酒通」と一緒に酒を飲んでいると、
頼みもしないのによく出てくる酒の肴に
いわゆる「ウンチク」というやつがある。
別に「ウンチク」を添加したから酒が旨くなるわけではないし、
「ウンチク」を知らないからといって酒がまずくなるわけではない。
ただ「ウンチク」の中にはそれなりの酒の肴になるものもあり、
またごく稀には酒の席を離れた場所でも役に立つものもある。
 これから何回かにわたって掲載させていただくこのコラムは、
酒に関わるちょっとした豆知識や場合によっては体験談も含まれている。
酒のみにとっては言わずもがなの類いも多いかと思うが、
願わくば諸君の酒をまずくしない程度の「ウンチクもどき」でありたい。
                         (インピンのびん)

杜氏の栄枯盛衰(1)
 文化財の指定や保護の問題について詳しい友人と酒を飲んでいたとき、
彼が「出稼ぎで酒を造るという杜氏の制度や杜氏そのものが、
これからも生き続けられるのだろうか」と言い出した。
よく聞いてみると、文化財保護法が来年度改正され、
これまで産業技術として伝承されてきた技術の体系や伝承者を
「無形民俗文化財」として指定できるようになった。
そこでまず日本古来の酒造技術である杜氏の酒造りを指定しようと思ったら、
酒造業界の関係者からマッタがかかった。
理由は「酒造業界では現在大手を中心に技術革新による
杜氏のいない酒造りを進めている。
しかし杜氏の技術が文化財に指定されるとそれが一定の価値を持ち、
最新技術の酒と杜氏の酒の間に付加価値の差が生じる。
酒の質や内容に関係なく杜氏が造ったという理由だけで差がつくのは困る」
というものであったようだ。

 現在、杜氏の中には「現代の名工」や
「卓越技能者」の指定を受けている人がいて、
その蔵の酒が「名工の酒」といったキャッチフレーズで
付加価値を持っている例はある。
また日本酒最大手の「月桂冠」は、
設備合理化の一方で全国の杜氏の技術をかき集め、
研究所あるいは資料館の名目で酒造技術の集約化を進めている。
この事実は杜氏の持つ酒造技術が今でも酒造りの主要な要素であり、
大手メーカーがその独占を狙っていることからもうかがえる。
その一方で大手メーカーは、
研究機関やプラントメーカーとタイアップして 杜氏のいない酒造り、
技術者と工場労働者による酒造りを急速に展開している。

 一方杜氏の側にも深刻な悩みがある。
杜氏自身の高齢化と杜氏の里の過疎化である。
酒造りは昔も今も冬季の出稼ぎで、かなりの重労働である。
日本酒の蔵が次々と廃業し、残った蔵も省力化で人手の需要が減れば、
仕事は奪い合いになるはずなのに、
今は杜氏が一緒に蔵に連れて行く蔵人の確保に困っている。
夏の人集めが冬の酒造りよりたいへんだとこぼす杜氏も多い。
若い人には酒蔵は3K職場だと思われているらしい。
 杜氏は酒造りの技術者集団のトップの職名であり、
また地域名をつけて技術者集団そのものを指す名称でもある。
その栄枯盛衰の歴史は長く、消えてしまった杜氏も多い。
しかし杜氏がいなければ酒はできなかった。
ある蔵人は「昔の杜氏は偉かったし権威もあった。
杜氏が歩けば蔵の中に火花が散ったもんだった」と話している。
当然蔵元とも対等かそれ以上であった。
それに対して現在では蔵元の力が圧倒的に強くなってしまった。

 杜氏の技術と存在そのものが蔵元から煙たがられるという
かつてなかった時代の中で、先の友人の言うように
杜氏は生き続けられるのだろうか。
そしてその酒を飲み続けることができるのだろうか。
そういえば韓国では日本の統治時代に消えてしまった
伝統的な酒を復活させるために、
酒造技術保持者を「人間文化財」に指定し「伝統民俗酒」を造らせているが、
できた酒は旨いは旨いが値段が高すぎて現地の人の口には入らず、
旅行客の土産品になってしまったという例もある。

(その1 了)
(1)杜氏の栄枯盛衰(その1)
(2)杜氏の栄枯盛衰(その2)
(3)「仕次ぎ」は文化か虚偽表示か/平成17年2月2日「琉球泡盛試飲会」より
(4)昭和8年の酒造り(1)超甘口の安酒
(5)昭和8年の酒造り(2)“酒米へのこだわり”
(6)昭和8年の酒造り(3)コストに見る「酒税は酷税」
(7)幻の宮城県酒造組合史
(8)年に一度のとろろ酒
○新シリーズ「麦酒のいろいろ」
(1)ビール神社と麦のどぶろく
(2)なぜビール焼酎は存在しないか


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