はじめに
自薦他薦の「酒のみ」「酒通」と一緒に酒を飲んでいると、
頼みもしないのによく出てくる酒の肴に
いわゆる「ウンチク」というやつがある。
別に「ウンチク」を添加したから酒が旨くなるわけではないし、
「ウンチク」を知らないからといって酒がまずくなるわけではない。
ただ「ウンチク」の中にはそれなりの酒の肴になるものもあり、
またごく稀には酒の席を離れた場所でも役に立つものもある。
これから何回かにわたって掲載させていただくこのコラムは、
酒に関わるちょっとした豆知識や場合によっては体験談も含まれている。
酒のみにとっては言わずもがなの類いも多いかと思うが、
願わくば諸君の酒をまずくしない程度の「ウンチクもどき」でありたい。
(インピンのびん)
「仕次ぎ」は文化か虚偽表示か
〜平成17年2月2日「琉球泡盛試飲会」より 〜
平成17年2月2日に仙台の勝山館で「琉球泡盛試飲会」が開かれた。
主催したのは沖縄県の泡盛メーカー全47社と
沖縄県酒造協同組合で組織する「沖縄県酒造組合連合会」で、
会場には11の蔵元がブースを設置し、
200人を超える酒販店や飲食店関係者それに一般の泡盛ファンで賑わった。
特に蔵元は普段味わえない「雪見酒」に大喜びであった。
さて会場内のブースを一回りして、あることに気付いた。
「泡盛と言えば古酒(クース)」と言われるほど、
長期間貯蔵熟成した古酒とその年数が売り物だったはずなのに、
今回の試飲会の出品酒では、古酒はあるものの
具体的な年数表示のある酒がめっきり少なくなり、
蔵によっては全ての古酒から年数表示をはずしてしまったケースさえ
見られたのである。
この理由は平成16年6月1日から実施された沖縄県酒造組合連合会の
「泡盛の品質表示に関する自主基準」にあった。
この自主基準の眼目は、「古酒」の表示ができる酒を
「3年以上の貯蔵酒が51%以上含まれている」ものとし、
年数表示をする場合は「100%がその年数以上貯蔵した古酒」に
限定したことである。
一見当たり前のようだが、これが泡盛メーカーの困惑と
少なからぬ混乱をもたらした。
というのも泡盛には古酒に新酒を注ぎ足す「仕次ぎ」(仕継ぎとも書く)
と呼ばれる伝統的な貯蔵法があり、
固有の酒造文化として長年守り続けられてきたからであった。
この自主基準は蔵元段階での仕次ぎを否定するものだったのである。
泡盛の仕次ぎは、異なる年数の古酒の甕を複数用意し、
最も古い甕から酒を汲み出して飲んだ場合は、
その甕に次に古い甕から飲んだ分量を汲み出して補充し、
それを順に繰り返していって最後の甕に新酒を入れるというものである。
これをすれば最も古い甕の酒がいつまでも無くならず、
むしろ若い酒を入れることによって熟成が進み、
甕から溶け出す成分とも相まって酒が一段と芳醇になるとされている。
ところがこの仕次ぎに対して、
年数がはっきり分からない「虚偽表示」ではないかとの声があがった。
近年の焼酎ブームなどでメーカー間の競争が激化すると、
同じ年数表示の酒でも100%古酒と仕次ぎ古酒ではコストが違うため、
価格差が大きく開いてしまったのである。
これが自主基準制定の背景で、実に当今流行りの問題であった。
さて泡盛は今後どこへ行くのだろう。
自主基準は古くからの貯蔵場を持つ地方メーカーに有利で、
大手メーカーは古酒の在庫切れをおこすのではないかと懸念されている。
また売り場に並ぶ商品は「一般酒」と、3年もの51%の「古酒」、
値段が跳ね上がった「5年古酒」や「7年古酒」に限定され、
蔵には封印されてただ寝かせるだけの「大古酒」が残される、
そんな事態も想定できる。
試飲会場である蔵元に「仕次ぎは沖縄固有の酒造文化のはずだ、
蔵元が否定するのはおかしい」と言ったら、
彼は「消費者がその文化を守っていただきたい」とのたまわった。
幸い私は数年前から自宅に複数の泡盛の甕を持ち、
仕次ぎで古酒を楽しんでいる。
しかし仙台の私が沖縄の酒造文化の担い手になるなどは不遜極まりない。
メーカーはなんとか「仕次ぎ古酒」の基準を作れないものだろうか。
(その3 了)
(1)杜氏の栄枯盛衰(その1)
(2)杜氏の栄枯盛衰(その2)
(3)「仕次ぎ」は文化か虚偽表示か/平成17年2月2日「琉球泡盛試飲会」より
(4)昭和8年の酒造り(1)超甘口の安酒
(5)昭和8年の酒造り(2)“酒米へのこだわり”
(6)昭和8年の酒造り(3)コストに見る「酒税は酷税」
(7)幻の宮城県酒造組合史
(8)年に一度のとろろ酒
○新シリーズ「麦酒のいろいろ」
(1)ビール神社と麦のどぶろく
(2)なぜビール焼酎は存在しないか
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