はじめに

自薦他薦の「酒のみ」「酒通」と一緒に酒を飲んでいると、
頼みもしないのによく出てくる酒の肴に
いわゆる「ウンチク」というやつがある。
別に「ウンチク」を添加したから酒が旨くなるわけではないし、
「ウンチク」を知らないからといって酒がまずくなるわけではない。
ただ「ウンチク」の中にはそれなりの酒の肴になるものもあり、
またごく稀には酒の席を離れた場所でも役に立つものもある。
これから何回かにわたって掲載させていただくこのコラムは、
酒に関わるちょっとした豆知識や場合によっては体験談も含まれている。
酒のみにとっては言わずもがなの類いも多いかと思うが、
願わくば諸君の酒をまずくしない程度の「ウンチクもどき」でありたい。
                         (インピンのびん)

昭和8年の酒造り(1)超甘口の安酒
 去年(平成16年)仙台市内の酒造会社で、
蔵元が昭和8年(1933)の酒造結果を記したメモが見つかった。
この年どんな酒をどれだけ造ったか、
原料米にはどんな米を使い精米歩合はどれほどか、
そして原料米の単価と製造コスト、酒税までが記されていた。
そこからは酒をとりまく時代の状況と、
蔵元がどのような酒を造ろうとしたかが見えてきた。
メモを表にし、その特徴を3回に分けて見てみる。

酒母米

麹米

掛米

醸造石数

米品種

精米歩合

米品種

精米歩合

米品種

精米歩合

四段酒

地米

70

地米

80

地米

90

161

大吟酒

備前米

50

備前米

50

備前米

50

52

大吟ノ二

備前米

55

酒の華

60

酒の華

70

52

名酒の上

名酒の中

播州米

70

酒の華

70

地米

(上米)

75

214

70

75

80

214

並酒

播州米

70

地米

75

地米

85

624











 この表からは造った酒が6種類であること、
酒の種類ごとに原料米の種類と精米歩合が異なることがわかる。
このうち「四段酒」とは通常の三段仕込みの他に、
発酵の最終段階でモロミにもう一回蒸米や甘酒などを仕込む
「四段を掛けた酒」で、酒の甘味やコクが増すとされている。
この蔵での手法は麹を湯で溶いた甘酒を使った「甘酒四段」で、
これについて「甘酒ハ水麹50°3−4時間位仕込55°櫂入ヲ控ヘ目ニシテ温度ヲサマサヌコト(糊味ヲ出サヌ方法ヲトルコト)櫂入ハ速醸ノ1/3位 トス」
との注意事項が記載されている。

 この四段酒は生産量が全体の12%であるが、
使用原料米は地元の安い米で精米歩合も低く、
コストも最も低いいわば安酒である。
なぜこのような酒を造ったのか、そこには時代背景があった。
清酒は甘口辛口の嗜好が時代によって大きく変化している。
小泉武夫氏の『日本酒ルネッサンス』(中公新書)によれば、
明治期を通して超辛口が清酒の一般的な傾向であったものが、
大正期に入ると徐々に甘口に変わって行き、
昭和9年前後に超甘口の時代を迎える。
その後はやや甘味が減るが、戦後は再び甘味が強くなって
昭和24年に超甘口となる。
以後は甘味が減ってきて昭和60年に日本酒度±0となり、
以後は辛口嗜好が強くなって
現在の「淡麗辛口」時代を迎えているとのことである。
これについては「景気の良い太平の世には辛口の酒が、
乱世や不景気の世には甘口の酒が流行する」との説も紹介されている。

 「四段酒」のヒントは昭和8年にあった。
この年は前々年の昭和6年9月に満州事変が起こり、
昭和8年3月には国際連盟脱退など
戦時色と日本の国際的孤立が強まった時期であった。
一方国内経済は軍事費や農村救済のための財政支出と
綿織物を中心とした輸出の拡大で景気が回復傾向にあったが、
前年の昭和7年5月に五・一五事件が発生するなど
社会不安は増大しつつあった。
大恐慌後で戦争の不安が広がりつつあった昭和8年に甘口の酒を造り、
それを安く売ることは時代の要請でもあったと考えるべきであろう。

(その1 了)

■ 東北地酒横町
確かに現代は「辛口」の時代。
こういう時代背景と「味覚」の変化というのは大変面白いものですね。
戦前まで、日本人は塩辛いものをおかずに
ご飯をたくさん食べていたそうです。
また、おやつは甘ければ甘いほどよろしい、という傾向があったと。
それは「労働」の質に大いに関係があったそうです。
つまり生産現場は肉体労働が主だったからであり、
農業がその最たるものでした。
いまは、頭脳労働、デスクワークが主ですからね。
農業も機械が人力にとって代わっています。
(1)杜氏の栄枯盛衰(その1)
(2)杜氏の栄枯盛衰(その2)
(3)「仕次ぎ」は文化か虚偽表示か/平成17年2月2日「琉球泡盛試飲会」より
(4)昭和8年の酒造り(1)超甘口の安酒
(5)昭和8年の酒造り(2)“酒米へのこだわり”
(6)昭和8年の酒造り(3)コストに見る「酒税は酷税」
(7)幻の宮城県酒造組合史
(8)年に一度のとろろ酒
○新シリーズ「麦酒のいろいろ」
(1)ビール神社と麦のどぶろく
(2)なぜビール焼酎は存在しないか


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