手もとに1冊の本のコピーがある。
全部で80ページ、幻といわれた『宮城県酒造組合三十年史』である。
この本は明治41年に設立された宮城県酒造組合の30周年を記念して
昭和13年に刊行された。
編者は当時の宮城県酒造組合の書記であった佐藤忠四郎氏で、
内容は明治41年の宮城県酒造組合の設立当時の事情や、
参加者名簿、その後30年間の県内の蔵元の動向や酒の生産量の推移、
そして昭和13年当時の酒をとりまく状況などで、
今となってはかなり貴重な資料ではある。
この本がなぜ幻であるのか。
実はこの本は宮城県図書館や仙台市民図書館などの
公共図書館には所蔵されていないばかりか、
仙台市内の主な酒造会社や出版元である宮城県酒造組合にも
1冊も残っていないからである。
もともと酒造組合の記念誌であり、
関係者に配るのを目的に出版したものだから
刊行部数が少ないのはうなずけるが、
それにしても仙台市内で見ることができないのはなぜだろうか。
その理由は昭和20年7月10日にあった。
仙台空襲である。
この日アメリカ軍のB29爆撃機の焼夷弾爆撃によって
仙台市中心部は 火の海となり、多くの建物が焼失した。
当時仙台市北四番丁にあった宮城県酒造組合も全焼し、
戦前の組合活動や酒造動向を伝える貴重な資料とともに、
この本の在庫もすべて焼失してしまったからであった。
ところでこの仙台空襲は、酒飲みにも大きな打撃を与えた。
酒造工場が焼失したからであるが、
被害を大きくした背景には酒造の戦時統制の影響もあった。
昭和12年に酒造は戦時統制下に入り、各酒造家の生産量は割り当てとなり、
戦局の悪化とともに生産割当量は減らされ続けた。
昭和18年には「清酒製造業企業整備要綱」によって酒造工場が統廃合され、
仙台市内では国策に従って翌昭和19年に設立された
「仙台酒造株式会社」一社体制となり、
多くの酒造家が廃業に追い込まれた。
酒造工場も統廃合され、「仙台酒造株式会社」の「操業工場」として
醸造を続けたのは「勝山工場」「天賞工場」「千松島工場」「鳳山工場」
「稲の花工場」 「竹に雀工場」の6場だけとなり、
残りの蔵のうち「志ら梅」「猩々」「萬歳」「亀の王」は「廃止工場」として、
また「菊川」「龍冠」は転用工場としていずれも酒造を取り止めさせられた。
その操業工場も昭和20年7月10日の仙台空襲で
「千松島工場」「鳳山工場」「竹に雀工場」の3工場は焼失し、
昭和20年の仙台市内の清酒生産量は
前年の3,796石が2,197石にまで激減してしまったのである。
これは原酒であるから、市販酒にすれば 一升瓶で20万本以上の酒が
失われたことになる。
なおこの酒造工場の統廃合は実に昭和32年まで続き、
蔵の復活が認められたのはその後であった。
ところで手もとにある『宮城県酒造組合三十年史』であるが、
これは大和町の「松華」の蔵元が、
戦火をくぐって守り抜いたもののコピーである。
蔵元の未亡人の許可を得て、全文のコピーを宮城県酒造組合に寄贈したので、見たい方は酒造組合にどうぞ。
(その7 了) |
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