宮城県の北上町(現在は合併して石巻市北上町)白浜に通称ビール神社と呼ばれる神社がある。正しくは鹿島神社と言い、江戸時代以前からの由緒を持つ白浜地区の鎮守の社であるが、この神社では毎年7月の祭りの際に昔は自家製の麦酒、昭和に入ってから現在まではビールを献納することからビール神社と呼ばれている。数年前にこの神社の話題がテレビや新聞で取り上げられると、祭りの日にはビール会社から届けられたビール製品名の幟が神社周辺に立てられ、神前には各社の瓶ビールが並べられるという光景が見られるようになった。
神社に日本酒のお神酒でなく、なぜビールが献納されるのか。北上町観光協会が作ったパンフレットには次のように書いてある。「白浜地区では、御神酒として「ドブロク」を醸造し御神前に献納してきました。ある時、米が大不作で御神酒を献納することが出来ませんでした。幸いにも麦が収穫され、なんとか飢えを凌ぎ、麦で醸造した御神酒を献納することが出来ました。このような年が数年続いた後、再びドブロクを献納したところ、村中に悪い病気や怪我人が続出しました。「苦しい時に、麦で救って戴いたのは神様のお陰」ということで麦酒を献納することになりました。昭和初期になって市販のビールに変わりました。」
それではビール以前に献納されていた麦酒とはどんなものだったか。民俗学者の小野寺正人先生の著書「宮城のまつり風土記‐陸前浜の祭りから‐」に、麦酒の造り方を現地で調べた記述がある。「まず麦をふかしてコメコウジ(米麹)を入れてかきまぜ、それにお湯を加える。容器はコガ(桶)を使うが、保温をよくしないと出来ないので、藁でかこって筵をかけて置き二週間ぐらいたつと麦酒になっていた。」というのである。
この麦酒の造り方と北上町の観光パンフレットの記述はよく符合していて、この酒はどぶろくを造るのに「ふかした米」の代わりに「ふかした麦」を使ったあきらかな代用品であったことがわかる。さらにこの麦酒は麦の持つ自然の摂理からはずれたきわめて不自然な酒であるから、この神社ではコメのどぶろくを麦に変えた点で神に捧げる特別
な酒を造ったのであり、それが特別であるからこそ麦を米に戻すと神罰を被るのである。
この麦のどぶろくが現在はビールに代わっている。しかしこの麦酒はビールとはまったく違う酒である。同じ麦から造った酒だと言うのなら、ビールよりむしろ麦焼酎のほうが本来の姿に近いのである。酒税法に即して分類するならば、ビール神社の麦酒は「麦焼酎のモロミ」であり、きわめて日本的な特徴を備えているとも言えるのである。
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