(陸前・陸中編)

再生建築家・東北文化学園大学環境計画工学科 大沼正寛

岩手県の各地に残る古民家で、
伝統建築物の研究をすすめている大沼さん。
東北の風土と長い時間の中で磨き抜かれて来たこれらの技術や工夫、
そして知恵を風化させず現代に再生しようという試みを、
建築家の立場から興味深いお話で連載して行きます。

その2「廂(ひさし)の下は縁むすび」

 前節では民家が存亡の危機にあること、
またそのなかでも、第一に守りたい
「大いなる屋根の形態」について指摘しました。
ただ肝心の「地域性」についてあまり触れなかったので、
少々続きを述べたいと思います。

私が主に調査対象においているのは、宮城から岩手にかけて、
江戸時代でいうと旧仙台藩北部の周辺領域になります。
これは何故かといわれると、ま、一言でいうと行きがかり上なんですが、
重要なのは
1)真ん中に北上川があり、
  2県を縦貫する通称「奥の平野」を形成していること、
2)平野を西の奥羽山脈、東の北上山地という
  地質上も全く別の山林が挟んでいること、
3)北上山地の東は入り組んだリアス式海岸のため
  全体把握すらできないこと、
といった基本的構成です。
つまり気候風土があまりに多様なため、
見るたびに発見をするという中毒的魅力に取り憑かれてしまうのです。
 自分のような歴史の素人でも、古代や中世をみたような気になれる、
これもこの地方や東北の4次元的時空間の特徴でしょう。

 さて現存する古民家は古くても250年程度で、
300年ものは極めて少ないですから、これらは近世以降の産物で、
私の調査対象は主に仙台藩か盛岡藩に帰属されることになります
(遠野藩は民家形式上は盛岡藩に近いとみて大過ない)。
では両藩における民家はどこで境を引くべきなのでしょう・・・
そう、ここからが「廂」との関連考察になります。

 民家形式のほうは、佐藤巧・大岡敏昭ほか各氏が詳述しているので
詳しく述べませんが、簡単にいうと両者は「重なっています」。
では「廂」は_?
前節で触れた原始住居においても、
入口や窓などの「開口部」が設けられたときから、
自ずと「廂」があったはず。
そしてそれは日光や雨露から適切に室内を守るうえで
大切な「調停役」を果たしてきました。
そう、それは要するに「うち」と「そと」を調停してきたのです。
廂は、生まれたときからうち/そとを調停する宿命にあった。
うちとそとは重なっていた。
そして生活や生産上の内部空間の要求から、
近世住居のように壁がきちんと立ち上がってくると、
壁が容易に倒れないようにするための架構システムが必要になります。

 実はこれが現存民家に共通する
「上屋・下屋の2重架構システム」なのです。
簡単にいうと、前節で述べた扠首組の小屋を支える主要な軸組フレ−ムが
「上屋(じょうや)」。
そこから延ばした縁側などの空間が「下屋(げや)」。
とすると、廂との関連が深いのは下屋に他なりません。
つまり本来の室内である上屋から、下屋を拡張し、
そこからさらに屋根すなわち廂が延びている、
これが民家本来の「深い廂(軒)」をつくる訳です。
そしてこのことが、木造建築を風雨や日射から守る機能を合わせ持った。
下屋空間は、たいてい幅3尺(91cm)強のほそ長い空間ですが、
軒下空間としては実質2mにもなりますから、
とくに南面する空間などは、作業にせよ昼寝にせよ、最高の環境である、
ということになります。
だから縁側ができる。
もともとは「土廂(どびさし)」といって、
高価な板を縁側に張ることは誰でもできることではなかった。
武士住宅でも、玄関の式台くらいしか無かった。
やがて全面に縁側を張る例も出てきて濡れ縁になり、
近世末期から近代になって「雨戸」が設けられると
はじめて「内縁(うちえん)」になる。
今は縁側などないか、あってもペアガラスのサッシュで囲うのが当たり前。
「あれれ、廂が短くなってる!」
そう、今や下手に深い軒は、床面積に数えられることもあって、
好まれないのです。
まあ建物自体がツルピカで一応風雨に強いから、もう廂も要らないか。
そうそう、建物の図面をみてごらんなさい。
数百年かかって編み出してきた「上屋・下屋の2重構造」は
地震にも柔軟に耐えてきたのに、今や見る影もない。

「廂」という字。
屋根の下で相う空間。
「縁」を生みだす装置。
別にノスタルジ−でも何でもなくて、相当いけてるシステムだと思いますが、
如何です?もうやめちゃいますか?
それとも現代に上手く活かしますか?

◆写真は東北の再生古民家
東北の再生古民家

大沼さん主催の大沼研究グループのホームページへはここから
現在、以下のプロジェクトが進行中。
『大東町佐藤家保存活用事業』
岩手県大東町の民家を解体保管し、
新たな使用者へ提供しようというプロジェクトです。
興味のある方は是非いってみてください。

東北地酒横丁:
「廂」と「縁側」は相関関係だったんですね。
「_とくに南面する空間などは、作業にせよ昼寝にせよ、最高の環境である」
というところ、何かつくづく現代とは無縁、
というかこういう余裕を現代人が持てるなら、
もう少し今という時代が住みやすく(心の面で)なるのでは。
劇的ビフォア・アフターという番組なんか観てると、
狭小住宅の南面通路だったところを濡縁やウッドデッキにして
「ここで家族がくつろぐ姿は云々〜」ってNa入るんですが、これだよね。
イマドキって自然に懐古してる。
古民家の技、次回も楽しみです!
●その1「屋根のシルエット」
●その2「廂(ひさし)の下は縁むすび」
●特別編「茅屋根の可能性と現行制度」
●国際シンポジウム「日独住環境セミナー」のご案内(2005年5月)
●環境計画工学科 特別公開講座
●住環境セミナー/北上川河口のヨシ原から宮城の建築風土を考える(2005年10月)

●同上レポート(2005年11月)
●その3「家は南向き!?東向き!?それとも」 以降へ


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